「組紐—伝統を科学する」2017年第4 回シンポジウム 京都
本学会の「第4回組紐・組物学会シンポジウム」が2017年5月27日(土)に、京都工芸繊維大学(60周年記念館1F)で開催されました。「組紐を科学する」というテーマを掲げ、延べ約90名の参加者と6人の発表者により、下記のプログラムで進行しました。(敬称略)
■講演内容
菊池摩耶子 「組紐の評価方法に関する検討」
吉田夕子 「曲がり組紐」
高木たまき 「真田紐の構造と強度に関する研究」
木村章子 「丸台組紐のコツの習得に関する研究」
池上かおり 「”結び”と時代」
日下部啓子 「トラジャ人のループ操作組紐 - マン・カッビッの伝統と現代」
- 菊池氏は、帯締めとしての組紐の出来映えを、簡単な物理試験により評価することを試みた。試料として熟練者と非熟練者による丸源氏組の帯締めを用い、万能試験機で引張試験を行い荷重ー変位曲線を観察した。繰返し3回の履歴のうち、最初の50Nまでの引張載荷とその後の徐荷の過程で頻繁に荷重の減少が見られ、約40mmの残留変位が生じた。2・3回目の載荷では、その伸びを起点とする滑らかなヒステリシスがみられた。初回の載荷過程で見られるノコギリの歯のような荷重ー変位曲線は、引張荷重により繊維束間に滑りが生じ、組構造に不可逆な変化が生じたものと推定した。引張試験による荷重ー変位曲線から、熟練者と非熟練者による組構造の相違だけでなく、製品寸法の測定条件、ひいては組構造の推定等にも発展できる可能性が示された。
- 吉田氏は、丸台に非対称な糸の配置を与えることで、スプリング状の丸源氏組を制作した。この曲がった組紐は引張載荷によりストレートな形状になるが、徐荷により元の形状に復帰する形状記憶機能を有する。繊維束数や配置、経路などのミクロ的組構造パラメータと巨視的な組紐形状の関係についても検討が進められており、複合材料の強化形態としてこれまでにない応用分野の広がりを感じさせる。
- 高木氏は、江戸時代から強い織紐として知られてきた真田紐の構造と強度の関係を調べ、道具紐としての優秀さに科学的根拠を与えることを試みた。真田紐は他の織紐と比べてよこ糸がたて糸の2倍量あるため、通常の1倍の織紐も制作して引張試験を実施した。また断面観察により繊維束の断面形状、繊維束間距離、クリンプ角度などの構造パラメータを計測した。その結果、引張試験の最大荷重(破断強度)は両者に違いはないが、最大荷重時の伸びは真田紐が大きく、弾性率は小さいことが判明した。即ち引張力を負担するたて糸の量が同じであるため、破断強度は変わらないが、太いよこ糸によるクリンプ角の増大が弾性率を低減させ、破断時の伸びを大きくしたと推定した。真田紐は高強度であるとの言い伝えは否定されたが、低い弾性係数は結び易さに寄与するため、道具紐としての優秀性はその根拠を得たと言える。
- 木村氏は従来から工繊大で続けられてきた組紐熟練者の技能の解明ついて報告した。今回は非熟練者の学生4人を被験者とし、1ヵ月毎に丸台で組紐を制作し、一定時間に組まれた組紐の長さを測定した。被験者の2名は、丸台上部からの糸の高さを、別の2名は丸台上で動かす糸の角度を測定した。練習に伴って単位時間の組み上がり長さは長くなり、丸台からの糸の高さは定位置に、組成点は丸台の穴の中心に近づいた。また練習の際に、丸台上の糸の角度に注意して組むと、できあがった紐の形状は円形に近づいた。このことから、初心者の指導の際には、糸の角度に注意して組むことが重要であると結論した。
- 池上氏は結びのもつ実用性や信仰上の風習が、日本史の各時代と共にどのように変わってきたかについて報告した。講演者は自ら組んだ組紐を用い、各時代に存在した結びのうち、縄文時代の作業結び4種、弥生時代の作業結び10種などを再現している。またこれらの結びに関する情報は、江戸中期に伊勢貞丈が著した「包結記」の原本(国会図書館デジタルライブラリ)を参照するなど、単なる文献調査に留まらない熱意と努力が感じられる。
- 日下部氏はインドネシアのスラウェシ島に住むトラジャ人のループ操作組紐について報告した。儀礼に用いられた巾着袋の紐や葬儀の際の頭被りに用いられているループ操作組紐について、何度も現地に調査に赴き、現在では使われていない複雑なループ組紐についても調査を行っている。ループ組紐の事例研究ではなく、民族の儀礼や風習の中でこのループ操作組紐がどのように発展し、現在に至ったのかを民族誌的観点から考察している点が注目される。
一般講演 | 作品展講評 | 懇親会 |
「組紐—伝統に研ぎ澄まされた美と技術」2015年第3 回シンポジウム 京都
本学会の「第3回組紐・組物学会シンポジウム」が2015年5月16日(土)に、京都工芸繊維大学(総合研究棟4階)で開催されました。延べ約90名の参加者と7人の発表者により、下記のプログラムで進行しました。(敬称略)
■講演内容
魚住忠司 「繊維強化複合材料として用いられている組物」
上田隆久 「産業用の組機」」
Kontawat Chottikampon「視線移動計測による組物熟練者と初心者の比較」
青柳淑枝 「綾竹台による習作
木村章子 「パリ・グランメゾン技術者養成の取組」
西 幾代 「下げ緒と柄巻」
溝渕繁猪 「日本古来の色」
- 魚住氏は、繊維強化プラスティックの中で、特に組物を用いた複合材料の特徴を、「繊維の連続性」、「繊維配向角度の自由度」、「ニア・ネット・シェイプ・プレフォーミング性」、「自動化技術」であるとし、中でも「ニア・ネット・シェイプ・プレフォーミング性」と「自動化技術」の展開が近年著しいことを述べた。最近のヨーロッパの複合材料見本市JEC2015においても、組物複合材料は出展製品の約3割を占めていると報告し、BMW車の部品やDJP社のヘリコプタ部品の例を示した。
- 上田氏は、産業用の組物機械の機構、用途を紹介し、バルブの漏れ止め部品、自動車部品、船舶係留用ロープなどの専用の組機について紹介した。
- 京都工芸繊維大学大学院の Chottikampon氏は、組紐の熟練者と初心者の違いはどこにあるのか、という疑問に科学的な回答を得るための研究結果について報告した。丸台の組紐の制作過程における、組み手の視線の推移を記録できる装置を用い、制作中の熟練者と初心者の視点の変化を比較した。熟練者は組糸への張力の与え方が一定であるため、組成点に合わせた視点の変化が少ないが、初心者はおもりの扱いに不慣れのため、組糸の張力がバランスせず、その結果組成点が中心から移動したものと結論した。また、組成点の水平移動以外にも熟練者と初心者を区別できる基準として、組速度、出来映え等についても検討している。
- 青柳氏は「流線模様」と呼ばれる綾竹台の組紐の創作模様の製作法について報告した。職人の方に教えてもらった最初のパターンを発展させ、一つの基本パターンを回転させて得られる派生パターンどうしの組み合わせから、次々と新しい帯締めの柄を制作する系統的な方法を解説した。できあがった柄は、アンデスの織紐の柄に通じるものがある。新しい組紐を創作するための手法の一つを示すに留まらず、語られた創作の楽しさについても、共感するところは多いであろう。
- 木村氏は組紐も含めた、伝統工芸の技術を継承し、人材を育てるための仕組みに関して報告した。グランメゾンと呼ばれるパリの宝飾デザインの有力会社が共同で運営する人材育成プログラムは、年齢・国籍を問わずに生徒を受け入れ、無償で技術を教えるとのことである。そこに在籍した経験をもとに、ヨーロッパや国内の同様の人材育成プログラムについて述べ、当学会が今後果たすべき役割についても言及した。
- 西氏は日本刀に使用される組紐として知られる、「下げ緒」と「柄巻」について報告した。身につける組紐としては帯締めよりも歴史が遙かに長く、しかも大きな需要のもとで発展してきた、組紐の代表である。下げ緒は刀や太刀を腰に固定するためのものであり、素材・意匠・組み方・結び方にも多くのバリエーションがある。柄巻は刀の握り部に巻く組紐で、下げ緒とは異なり紐の意匠性は低いものの、素材・組み方・巻き方には多くのバリエーションがある。そこに登場した組紐には、今日帯締めとして使われる組紐の組み方と意匠のほとんどがあると結論した。
- 溝渕氏は組紐の色について報告した。今日では、化学染料によりほぼどのような色の糸も利用可能となり、色は制作者の好みで選定できる。しかし明治以前では草木染めなど天然染料による色に限られており、また色には宗教や世界観に基づく意味があると述べた。色の意味を知ることにより、古代から伝わる組紐が、なぜこの色なのかを知る手がかりとなるのかも知れない。
一般講演 | 懇親会 |
「組紐—美しくそして強く」2013年第2 回シンポジウム 京都
本学会の学術講演会である第2回シンポジウムが、5月25日(土)に京都工芸繊維大学60 周年記念館開催されました。仲井先生の基調講演をはじめ、「伝統・文化・歴史」分野で4件、「産業および複合材料」分野で2件の一般講演がありました。
今回のシンポジウムでは新たな試みとして、CF組紐制作が午前中に行われました。数10センチの炭素繊維組物に熱硬化性樹脂を含浸指せた状態で参加者が造形を行い、その後硬化させて造形作品とするものです。単色で柄の無い組物が作家の手により美しい形に変化するのは驚きです。本シンポジウムのテーマ「組紐-美しくそして強く」に相応しいプログラムになりました。
また同日午後には総会と懇親会があり、懇親会場で組紐検定証授与、作品賞授与などが行われました。さらにシンポジウム前後の24日、26日にはワークショップが、組紐作品・製品展示会が24-26日の3日間にわたり開催されました。
■講演内容
仲井朝美 (基調講演) 「複合材料の強化形態としての組物」
魚住忠司 「組物CFRP の作製機構の開発」
岡本和也 「学生フォーミュラへの組物複合材料の活用」
青柳淑枝 「アンデスの組紐とその探訪の旅」
石井奈々 「創作の組紐・ゆるぎ組系組物」
岡本睦子 「お龍さんの帯留から—帯留・帯締・下緒」
清澤澄江 「非直線的な高台の紐」
- 仲井氏は基調講演で複合材料の基礎について分かり易く解説し、組物複合材料の特徴について言及しました。かってNHKが組物複合材料について研究室を取材した際のビデオも紹介され、廊下でテニスのラケットを振らされるだけの人もいる中、仲井先生はかなりおいしく登場していました。
- 魚住氏は組物複合材料を用いた3軸トラス継手の製造方法とそのすぐれた性能について報告しました。性能評価の評価規準について、また製品のリサイクルの可能性についての質問がありました。
- 岡本氏は京都工芸繊維大学学生チームが、全日本学生フォーミュラ大会に出場した際のマシンに使われている,各種組物複合材料について報告しました。ラップタイムだけでなく、マシンに組み込まれた優秀な技術が評価され,総合優勝したことに対し、講演会場には大きな拍手が起りました。
- 青柳氏はアンデスに伝わる伝統の組紐を訪ねて何度も現地に足を運び、現地のマエストロから学んだ組紐技術について報告しました。その教訓は日本の組紐とも共通で、組目を良く見ることだと締めくくりました。
- 石井氏はボタンホールのような穴の開いた組紐をどうすれば組めるか試行錯誤した結果について報告しました。新しい組み方を発見・展開する手順が丁寧に説明されており、創作の組紐を考える際の格好の事例を示しました。
- 岡本睦子氏は龍馬が妻・お龍に贈った帯締金具と、それと対をなす刀の下げ緒を利用した帯締について報告しました。組紐自体に留まらず、組紐と関連する工芸品から始めて,その時代の文化を探訪する楽しみを教えてくれました。
- 清澤氏は、従来自在な柄を出すことが真骨頂であった高台の組紐技術を、敢えて非対称・非直線の組紐にする手法について報告しました。きっかけとなったマンチェスター会議の海外の先生の講習を、受けられなかった方への報告にもなっていました。
一般講演 | CF組紐制作 | 懇親会 |
「伝統文化と未来をつなぐ組紐 」
第1回 組紐・組物シンポジウム 2011年4月22日、23日 京都工芸繊維大学60周年記念館
第一回組紐・組物シンポジウムが予定通り開催されました。廣澤浩一氏による「伊賀くみひもの歴史」に関する基調講演の後、「伝統・文化・歴史」分野で6件、「産業および複合材料」分野で3件の一般講演が行われました。会場となった60周年記念館は、斬新な建築デザインと最新の設備を有しており、心地よい環境で活発な議論と情報交換ができました。会員による発表は講演だけでなく、実物の組紐作品によっても可能です。作品展示会は講演会場の後半分を利用し、23名の会員による111点の作品が展示されました。閉会前に制作者自身による説明会も行われました。その後は講演会場に隣接するセミナー室で懇親会が行われ、会員の親睦を深めました。
一般講演 | 作品展 | 懇親会 |
講演会 4月23日
小嶋氏は絹糸以外の素材を用いて組物を制作する際の工夫について説明し、和紙や各種金属ワイヤーを用いた様々な作品を紹介しました。銭谷氏、中谷氏、菊川氏は組紐制作過程で考案された新しい組み方やその組織について説明しました。新しい組み方が出来た際に、その記録方法をどうするかについて活発に意見が交換されました。本シンポジウムの講演の様に発表をし、予稿集に残すこともその一つとなるでしょう。丸山氏は組紐教室や著作毎に異なる組紐の名称について調査結果を報告しました。呼称の統一も含めたスタンダードの提案は学会の重要な仕事の一つでもあり、今後の進展が期待されます。小村氏の研究グループは、韓国で出土した5〜6世紀の甲冑の威糸の組紐について報告しました。日本の古墳時代の甲冑の組紐を考察する際の重要な資料であり、甲冑研究家の寺本理事からも質問がありました。
京都工芸繊維大学の学生グループは、自作のフォーミュラー車のボディに用いられた組紐複合材料について発表しました。中型を抜いた後の炭素繊維の組物を、どの様に硬化させるのかについては説明が不足したと思われ、座長の魚住理事から補足も兼ねた質問がありました。本シンポジウムの実行委員長でもある上田理事は、配管における弁や継手に用いられる組物について説明しました。流体の温度や腐食性が大きく、使用可能な材料が限定される中で、確実な漏れ止めを実現する苦労が紹介されました。伊豆蔵氏は京都工芸繊維大学の博士課程で研究中である、3軸織物の制作手法について報告しました。
09: 30〜10: 15 |
廣澤浩一 | 「伊賀くみひもの歴史」(基調講演) |
10: 15〜10: 30 | 小嶋博子 | 「いろいろな素材への挑戦」 |
10: 30〜10: 45 | 銭谷信子 | 「新しい組み方・平源氏交差組」 |
10: 45〜11: 00 | 中谷 彩 | 「源氏組」 |
11: 00〜11: 15 | 丸山文乃 | 「組紐の名称」 |
11: 15〜11: 30 | 菊川啓志 | 「金剛組24玉」 |
11: 30〜11: 50 | 小村眞理、田中由理、木沢直子 | 「古代韓国の組紐」 |
14: 20〜14: 40 | 橋本 優、平木 康祐、北山 周 | 「学生フォーミュラと組物FRP」 |
14: 40〜15: 00 | 上田隆久 | 「高温用漏れ止め部品における編み物技術、組物技術の活用」 |
15: 00〜15: 20 | 伊豆蔵誠人 | 「織機型広幅組機による多軸組物の作製方法」 |